2015年5月に退団となった星組トップの
柚希礼音さんの後任に、北翔海莉さんが
次期トップとなりました。
みっちゃんの愛称で親しまれてきた北翔海莉さんが
トップに選ばれたのにはある理由が・・・
次期トップと噂されたいた紅ゆずるさんがなぜ就任
できなかったかそのあたりに迫ってみようと思います。

まずは北翔海莉さんの経歴からみていこうと思います。
北翔海莉(ほくしょうかいり)さん難しい芸名ですよね。
こちらの芸名の由来というのが
「地球の軸となる頂点(北)へ向け海に羽ばたく」という
意味があるようです。
今年は芸名の由来どおり、頂点に立てた年となりましたね。
ちなみに毎年その年の漢字を1文字考えるそうなんですが
今年(2015年)は「翔」としたようです。
まさに羽ばたきましたね^^
スポンサードリンク
北翔海莉(ほくしょうかいり)本名(吉野美智子)さんは
千葉県松戸市に生まれ自衛隊に勤務する父親の転勤で
幼少期に3度の引っ越しを経験しています。
実は北翔海莉さんは父親の影響もあって自分も自衛隊に入って
女性パイロットになりたいと夢を持っていたようです。
お兄さんも海上自衛官のようですから、かなり影響を
受けたものと思われます。
生年月日は1981年3月19日で現在34歳です(2015年)
身長は169.7cm、血液型はB型です。
最終学歴は千葉県松戸市第二中学校になります。
中学の時には吹奏楽部でトロンボーンを吹いていたこともあり
アルトサックスは趣味で時々吹いているようです。
宝塚に入団したきっかけは?
中学の時に担任の先生から「美智子さんは身長も高いし
顔立ちもきれいなので宝塚に入ってみたら?」と言われ
興味本位で受けた宝塚音楽学校の一次試験に合格します。
そして2次試験を受けるも自信のなさから、不合格と
思い込んでしまったそうですが、見事合格。
なぜ不合格になると思ったかというとダンス経験がない
自分が受かるはずがないと勘違いしていたとか・・
なので入学当時の成績は最下位だったそうです。
それでも合格したなんて凄いですよね。
さすがに最下位だったこともあり毎日3時間
一生懸命ダンスや音楽を時間を惜しまずレッスンし、
宝塚歌劇団入団の時には39人中10位まで上り詰めたといいます。
昔から努力家だったんですね。
スポンサードリンク
<北翔海莉来歴>
1996年宝塚音楽学校入学
1998年宝塚歌劇団入団し月組に配属される
2006年宙組に組替
2012年専科に組替
2015年星組に組替し星組トップとなる
同期生として引退した「はいだしょうこ」さんがいます。
ここで言う専科とは
特定の組に所属しない団員の集まりを言います。
専科生は各組の公演には特別出演として出演し宝塚の公演には
なくてはならない存在です。
北翔海莉さんがなぜ星組のトップに選ばれたのか?
やはりトップとなるのには演技力や歌唱力、ダンスやその人の
人柄などどれをとっても優れていたからこそトップに君臨できた
ものと思われます。
北翔海莉さんは、ダンスは海外に行って勉強したり、アドリブも
得意で会場を沸かせるほどの名演技ぶりです。
紅ゆずるさんももちろん、演技力や歌唱力など誰にも劣らず
素晴らしいものを持っていると思います。
では、どうして紅ゆずるさんが就任できなかったかというと
これは単なる憶測でしか過ぎないですが
北翔海莉さん退団まであと2年ではないかと言われています。
その間に紅ゆずるさんが北翔海莉さんの演技力を身につけ
次期の星組トップに就任するよう劇団で考えての
ことかもしれません。
これは憶測なのではっきりはわかりませんが・・・
紅ゆずるさんも次期トップと噂されていただけに心労が重なり
体調をくずされていましたが、星組でまた素晴らしい演技を観せて
欲しいと思います。
最後に北翔海莉さんが星組トップとなった胸の内を語ってくれました。
「いろんな感情がありました。一言では言えないですね」「応援してくださった皆さんの思いが報われ、恩返しができます」「やっと羽ばたきます。『清く正しく美しく』を信じ、芸事に精進していれば裏切られない。改めて思いました」
そして相方の娘役には「妃海風(ひなみふう)さんが就任しました。
北翔海莉さんと妃海風さん共に実力派コンビということで
歌も踊りも演技力も二人とも素晴らしいものを持っていますので
これからのコンビの演技に注目が集まりそうですよね。
北翔海莉さんの今後の星組公演はこちらになります
⇒ http://kageki.hankyu.co.jp/star/hokusho_kairi.html
新星!北翔海莉さんとして今後の演技に期待したいと思います。
スポンサードリンク